足治療法の歴史

足治療法の歴史 :
Pédicurie-Podologieは二つの言葉から構成されております:
Pédi = 足 と Cura = ケアからなるPédicurieという単語と、
Podo = 支え と Logos = 概念 (学問)からなるPodologieという単語である。
世界中で発展した文明・文化において足部に関わる記述や歴史は数多く残されております。日本でも手足の怪我を祈願するために祭られた民間信仰を起源とした « 足手荒神 »が存在するほど手足の問題に悩ませれて来ました。
欧州でもその歴史は古く、医学の父と称されているヒポクラテスも足部に関する治療について長年研究をしていたいう記述が残っております。フランスでは、14世紀から角質を取り除く術式の確立が医師達の課題の一つだという記述も残されているほどです。
ルイ15世が統治する18世紀には « Chirurgien-Pédicure »という足部専門外科医師という役職が誕生しました。

その後、足部医療を発展させたのは有名なナポレオン一世であり、欧州における靴のサイズ規定もフランス皇帝が定めたものであることが記録されています。足部への配慮は当時の戦いにおいても大きな影響を与えていたことが証明されているように、靴の歴史もまた大きく動いていくのであります。

そして1820年には中敷(インソール)の発案者と云われるMathieu DUDON医師により « Podologie »というもう一つの足部専門分野が生まれました。
1872年にはパリのヴァンドーム広場付近に初のPédicurie-Podologie養成校が建てられ、1946年にはフランス医療従事職の一つであるPédicurie-Podologueの国家資格が誕生しました。
今では世界各地に普及しているペディキュアですが、本来は足部の角質や足爪の問題に悩まされている人々の治療を行うことを目的としてきました。
Pédicurieとは即ち正常と異常な足部を見分けるスキルを有しており、医療的な専門知識を駆使してケアを施す足部のエキスパートです。
一方、ポドロジーとは人間の軸である足部の形態や機能が身体にどのように影響するかを追求する学問となります。解剖学的・バイオメカニックス的な知識を基にポドロジー評価を行い、問題点と改善点を見つけ出すことを特徴としています。荷重時・非荷重時における足部の変化や、靴の特徴を見極めることで歩行時や運動時における足部の不快感や痛みを和らげる対処法を見出すのがPodologieという分野です。
現在は世界足治療師協会(International Federation of Podiatrists)で多くの研究発表がされている学術的活動も注目されている職業として国際的にその存在が知られております。

足部の異常を記した図
足部の異常を記した図
1782年に発行されたフランス人医師LAFORESTによる足部の治療に関する記述
当時使用されていた用具
当時使用されていた用具
1782年に発行されたフランス人医師LAFORESTによる足部の治療に関する記述